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冬山合宿報告・北アルプス編その3

真砂岳〜野口五郎岳〜烏帽子岳

2003年12月31日(水)〜2004年1月1日(木)

12月31日(水)風雪
<5:45(起床)-8:45(出発)-9:50(野口五郎岳)-12:30(引き返す)-13:30(野口五郎小屋)>

小椋:
 残りの行程は、今までのものに比べたら楽だろう、今日明日でもう下山できるだろうと考えていたが、大間違いだった。出発して間もなく吹雪となり、そのため真砂岳直下の分岐で野口五郎方面の道が見つけられず、とうとう片岡さんにトップを代わってもらった。風がひどく、立ち止まって踏ん張っていないと吹き倒されてしまうほどのものがびゅんびゅん吹きまくり、雪粒が飛んでくるので目も開けられず、まさに風に翻弄されていると言う感じでよろよろと進んでいった。

 一時間後野口五郎に登頂。ごうごうと風がすごく、寒さと風の威力に何となく頭がぼんやりして気力がそがれていく感じ。視界が利かず野口五郎小屋への道ですらはっきりしないので、少し行った所の吹き溜まりで、天候の回復を待ちつつ雪洞を掘ってみる事となった。三人交代で一時間以上かけてやっとみんながしゃがんで入れるくらいのものができたが、作っている合間に片岡さんが野口五郎小屋までの道をみつけてきたので前進することとなった。

野口五郎岳

小椋:
 烏帽子小屋へ向けしばらく黙々と歩いたが、吹雪は一向に弱まる気配は無く、視界も悪く道を間違える危険があるということで、とうとう引き返す。最初は作りかけの雪洞のあるところまで戻るつもりだったのが、視界不良のためどうしても見つからず戻れないので、野口五郎小屋へ変更。風を防ぐため、吹きだまった雪を除雪して小屋の陰にテントを張る。疲れていて体もかなり冷えていたので除雪が大変だった。テントにはいったときは呆然としていたが、暖かい飲み物とお菓子を口にするとだんだん元気が出てきた。人心地を取り戻してから天気図を取ってみると、日本列島を東西からはさむ形で前線を伴った2つの低気圧がいつのまにか現れていて、場合によると悪天が長く続く可能性も出てきたので、食料の食い延ばしを考え、夕食のアルファ米は二人分を三人で分けた。

 夜は木野君のもってきた液晶テレビでK−1と紅白歌合戦を観賞、曙vsボブ・サップで一通り興奮してから寝た。

木野:
 おそらく今回の合宿で最もつらかった一日だろう。風に体を預けても支えられるんじゃなかろうかと思えるぐらいの強風。風雪がまるで凶器のように僕を殴りつけてくる。今自分がどこにいるのかさえわからない。その上この日は朝からアイゼンがガタガタで、数歩歩くたびにずれるアイゼンが僕の疲労を倍化させていた。「こんな所へこんな時期来るやつはバカだ!人間の来る場所じゃない!」とブツブツ独り言を言いながら二人にだいぶ遅れてついていく。もちろん写真を撮る余裕などあるはずもなく、野口五郎岳山頂で撮った1枚があるのみだ。

 行きつ戻りつしながら野口五郎小屋そばでテント設営。テント設営がまず先なのに、ガタガタだったアイゼンに当り散らし、舌打ちしながら物言わぬアイゼンに文句を言っていた。調整不足だった自分にも落ち度があるのだが、もし今度アイゼンを買う時は、片岡さんのように12本爪で横ズレにも強い物を買おうと思った。

 しかし毎日毎日想像もしていない事が次から次へと起こる。たかが山登りごときでここまで精神的に追い詰められるとは思わなかった。山岳部に在籍していながら今まで頭の中にあった、山登り=学校の遠足程度という認識は完全に消え去った。いつもなら、「今度はダブルアックスで氷壁登りに挑戦だ!イェイ!」ぐらいの軽口を叩いているはずなのだが、グゥの音も出ない。年末番組用に携帯テレビを持ってきたが、小林幸子の舞台装置は失敗するわ、さんざんもったいぶった演出をした割にはあっさりKO負けした曙にガッカリするわで散々な一日だった。

2004年1月1日(木)晴れ時々雪
<5:30(起床)-8:00(出発)-9:20(三ツ岳近辺)-11:30〜12:00(烏帽子小屋)-13:35(烏帽子岳)15:20(烏帽子小屋)>

小椋:
 天気はどうなることやらと心配していたが、テントから顔を出すと青空が。思わずホホゥ!と声が出た。

御来光を拝むリーダー 日の出

木野:
 リーダーと同じく、ホホゥ!とリアクションしたくなるような好天。計画を勘違いして、今日には下山できる!と思っていたため、後でテンションが下がる。

御来光を拝むリーダー 日の出

小椋:
 昨日は何だったんだと思ってしまうほど快調で、あっという間に烏帽子小屋が近づいてきた。が、直前で樹林帯に入り、いきなり雪が深くなったので、アイゼンの上からワカンを装着し、小屋まで100メートルほどラッセル。

ラッセル小椋 片岡さん さわやか小椋

木野:
 野口五郎〜三ッ岳〜烏帽子小屋と、雪深くもなく、風もさほど強くなく、天気も良かった。ものすごく快調だ...と思ったら、烏帽子小屋の直前で雪深くなる。脳裏に湯俣尾根の踏み抜き地獄がよぎる。距離はさほどないので、さっさと小屋まで行きたかったのだが、リーダーが輪カンを履こうと言い出す。傾斜があるわけでもないので、何事も経験だと片岡さんもアッサリ許可。僕も輪カン初体験であったが、それよりもさっさと小屋まで行きたかった。どうせ輪カン履いても雪を踏み抜くのはわかりきっていたし...

木野ご満悦

小椋:
 小屋からは空身になって烏帽子へアタック。樹林帯の夏道は完全に埋まっているので、つぼ足でラッセルするが、雪が深くかなりえらい。稜線にでても広いため、結構雪が積もっているので、ハイ松を踏んづけてなるたけ雪にもぐらないように歩いた。 烏帽子岳に近づくとまた深雪。ひざから胸あたりまでのラッセル登りがずっと続く。頂上直下の50メートルほどは完全に雪壁となり、片岡さんが先頭を行く。岩は全く出てないものの、急な上、雪が深くてふわふわなので、せっかく足場を作ってもすぐくずれてしまい、じりじり這い上がるようにしてやっと登れた。

烏帽子へアタック 小椋雪に苦戦する 烏帽子に到着

小椋:
 頂上に着くと間もなく、雪が降り風も出てきたので早々に降りる。雪壁の下りはザイルを出した。風雪は帰り道一時的に強まったが、小屋につくころにはほとんど止んでいた。

木野:
 あと少しというところでリーダー立ち往生。片岡さん「登れるか?」、小椋「登れませ〜ん!」、片岡さん「じゃあ引き返すか?」、小椋「いえ登ります」という意味不明のやりとりが。

 下りはザイルを出し、ゴボウで降りることに。行きはヨイヨイ、帰りは...というのはまさにこのことだが、短い距離だったので逆にちょっとめんどくさかった。まあリーダーには来年度から新人を連れて冬山に行ってもらうことになるのだから、いい勉強になるだろう。

烏帽子小屋 烏帽子冬期避難小屋

小椋:
 今夜は冬期小屋を利用させてもらう。テントに比べると、広くて床が平らなので快適と言えば快適だったが、その分寒くて足先がずっと冷えたままで少し寝づらかった。靴が水を吸い始めたらしく、夜トイレに行くときコチンコチンで履くのに苦労した。

木野:
 本来は緊急避難用の小屋ではあるが、何事も勉強ということでお借りすることに。小屋内の温度計を見て、「5度か。やっぱり小屋の中だと暖かいなあ...って数字の前にマイナスついてるやん。マイナス5度かよ!」と一人ボケツッコミをした。

 ちょっと前にも怒られたというのに、リーダーが片岡さんに、「明日は帰れそうですねえ。」みたいなことを聞いたので、「だから先の事はわからんと言っているだろう!」とまた怒られる。ああ、危なかった。俺もその質問するところだったよ...ここまでくると気分は下山モードだからなあ。

 起床後、結構ずぼらそうに見える片岡さん(失礼)が丁寧に小屋内を掃除する姿を見て驚く。最近、こういう当たり前のことが出来ない人間が多くて困る。まあウチの部室はいつもきれいだけどねえ、リーダー(嫌味)。しかし、数日分の食べカス+小椋毛のついた汚いコッフェルにお湯を入れ、きれいに掃除して飲んだリーダーには驚きを超えて感動した。すごすぎるよ!あんたこそ真の山男だよ!だいぶ山の生活に慣れてきたとはいえ、僕にはまだそこまでの根性はない。ヤマ屋の道は長く、そして厳しい。

北アルプス編その4へ続く


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2004-01-27公開 04-05-24修正再公開 04-05-24更新 文責:小椋剛、木野英史 編集・校正:木野英史