
さる4月26日月曜日、急遽、新入部員の関君と和田君の合宿参加が決まった。短期間のうちで装備を揃えたり、食料買出しに行ったり、足の手配・計画書の変更したりするのは中々大変であったが、二人のおかげで気分は一層乗ってきた。
反省事項を初っ端からいくつもこしらえてしまって、計画書を出発当日に緊急連絡先・山岳部顧問に提出する、共同食料・装備のパッキングを出発直前にやっとこさ終らせる、計画書を部員全員に渡せなかったなど、時間が無かったためとはいえ、普通ではあるまじき事をいくつも催してしまった。
それでも何とかすべての用意を終えて、21:00ごろJR難波OCATに到着。澤と和田君は5月1日出発なので、現役は塩見さん・関君・僕、OBは佐々木さん・山田さん・島川さんというメンバーで、さわやか信州号にていざ出発。ひさびさの山で心踊っていたが、睡眠不足気味だったので車窓の夜景など楽しむ間もなく、沢渡までうつらうつらと眠り続けた。
沢渡からはいつもの低公害バスに乗り換え、30分後上高地バスステーションに到着。ステーションの建物にはイワツバメが大勢巣を造っていて、ジュリジュリジュリ飛び回り鳴きまくっていた。6:00ごろに兵頭さん・吉村さんも加わり、朝飯がてら雑談したり写真撮ったりして6:30ごろにぎやかに出発。視界良好、残雪の穂高連峰が実に良く見える。あの稜線を歩くということは一体どんな経験になるだろうか、と、重い荷物を担いでの歩き始めとしては、テンション高く中々気分もよろしい。

ステーション周りにはわんさと人とツバメがいたが、30分ほど歩くとあっという間に自分たちだけになった。歩き始めて間もなく、4人組の大学山岳部パーティと思われる一団が、同じく岳沢に向かっているところに遭遇したが、おそらく佛教大学のみなさんということが後になって分かった。3月とは違って、上高地の雪はすっかり溶けていたが、木の芽は芽吹き始めたばかり。そんな中を、小鳥のさえずりがあちこちから聞こえてくる深い森の中を通り抜け、一時間半ほど歩くと、だんだん木がまばらになってきて雪が現れ、少しずつ深くなってきた。岳沢に近づくにつれ視界が開けてきて、穂高連峰が大きくゆったりと目前に見えるようになった。とても天気がよく、温かく、あと荷物が軽かったら完全に春ののどかなお散歩、といった気分だったので、ときに道を横切る形で雪崩の通った跡がついていてそこら一面の木がなぎ倒されていたりしていたにもかかわらず、あんまり雪崩の恐ろしさの実感も湧かなかった。

岳沢の小屋が見えるところまできて、テント場があるはずなのに、何故かテントを張れるような平坦な場所がどこにもない。で、しばらく論議していたが、結局積雪期は斜面を整地して張る所なんだろうという結論に達して、スコップとスノーソーで楽しいテント場作りが始まった。現役・OBで協力しあって、スノーソーで雪に切れ込みを入れる・切れ込みを利用してスコップで雪ブロックを掘り取る・雪ブロックを斜面の低いほうのから積んでいく・積んだブロックでテントが張れる位の平坦な土地が築けたら、ブロックの上をドンドン足で踏み固めてデコボコをなくす、という作業を2時間余りしてようやくテントサイトが完成。このころには入山者も増え始め、岳沢沿いの斜面には小さなテント村が形成されつつあった。ただ、ここのテントサイトは岳沢小屋とは岳沢を挟んで対岸にあったので、大きな方がやりたくなったときが大変。往復に20分ほどかけていかねばならなかった。

少し休んでから恒例の雪上訓練に行くこととなったが、ここでヘマを一つやらかしてしまった・・・シットハーネスのつけ方がよく分からない。兵頭さんに手伝ってもらってやっと装着したときには、とっくにみなさん準備し終わっていて、外で待っていた。部長なのに・・・前もってつける練習しておくのが当然なのに、やらなかったのは重大な過失でした。テント場から岳沢へ下る斜面が中々急だったので、兵頭さん指導の下、そこで雪上訓練。もうお昼過ぎで雪がベチャベチャだったのでアイゼンはつけず、雪上歩行・ピッケルによる滑落停止・急斜面の直下降などやった。塩見さんはもう雪に慣れているし、関君も大して斜面にびびっておらず、2人ともうまい。僕の方はあんまし去年と変わらないような気がした。 一通り終わったら、明日の偵察ということで奥明神沢のとりつきまで登り、OBからルートのとり方などについてアドバイスを受けるが、去年ビビッてしまって剱岳にも登れなかった僕が、果たして、先頭に立って無事に奥穂に登れるか不安になってきた。で、一応念のためザイルワークとして、コンテニュアスと、ATCによるビレイの仕方を教えてもらいながらテント場に戻ったが、本番でやっても余計危険だろうと思った。

夕飯はスパゲティだが、ソースが足りなくて不味い不味いの連発。口直しにスープを作ってみたら、こちらは何とか美味くいって、不味い飯のため不快な夜をおくるのは避けられた。